「やまたのをろち」はガフトノーシュの夢を見るか

というわけで、しばらく更新がとまっておりました。みなさまはいかがお過ごしだったでしょうか。私は 8/9-19 と、EU と呼ばれることもある人類統合体中西部へと出掛けてまいりました(ブリュッセルに本部があるものとは別なので注意)。

そのうち統合体で印象に残ったことを二三書いてみよう(はらわたが煮えくりかえるようなことがいろいろとありまして、たとえば私の入れ歯(通院費等込みで三万円相当)を捨てたあと三ヶ月間知らん顔を決めこんだシカゴの某ホテルとか)と思うのですが、せっかく泡間通信が入っていたので、そちらを取りあげることにします。某ホテルの名前が知りたい方はわたくしまで個人的にメイルください。ここで書くことでもないので。

八俣之大蛇とガフトノーシュ

この二語は同じひとつの「幻獣」を指す言葉だが、語形成上、ガフトノーシュは直接「やまたのをろち」に由来しないとする説と、直接由来するものの現在の語形以前に失われた語形を想定する説の二説がある。

アーヴ語としての Gaf(e)tnochec は、Ga(八)+*f(e)t-h/ec(又、分かれたもの?、あるいは頸)+nochec(をろち、竜)からなる複合語である。なお、ga および nochec には他の用例もあるが、*f(e)t-h/ec には独立した用例はなく、その語義は Gaf(e)tnochec からの類推に基づく。

一般に、アーヴ語における複合語は語幹のみを連続させ、最後の語要素の屈折語尾のみを保存する傾向にある。たとえば

などである。

ここから、Gaf(e)tnochec が原アーヴ以降成立した語である場合、この語は Ga + *f(e)t+活用語尾 + nochec と三つの語要素からなる合成語である蓋然性が高い。

Ga Lart"iec, Sach Nocher という用例がわれわれには与えられているため、すでに指摘したとおり、ga は数詞「八」、nochec は「竜」の語義であることが確定される。このため、用例のない *fet-h/ec の語義およびその祖語における語形を類推することが、名詞 Gaf(e)tnochec の形成を考える上では不可欠となる。

私の考えでは、*f(e)t-ec/h はおそらく *ftec である可能性が高く、その次に語幹にあいまい母音(シュワー)を含む形である *fet-ec/h である可能性をもつ。語幹母音をもつときの語尾がどのような形であるか推測する根拠はいまのところ存在しない。*fth を考えないのは、アーヴ語で子音三つの連続はいまのところ観察されていないこと、およびアーヴ語には母音を含まない音節は存在しえないことに基づく。

このとき *ftec ないし *fet-ec/h の祖語における語形は「また」であろうと考えられる。jp. mata -> bar. *ftec への変化は、1. 語尾子音は比較的保存される傾向が強い、2. [m]は後続母音をもつとき m->b へ遷移し、後続母音が融合により脱落するとき m->f へ遷移するかまたはそのまま保存される、祖語からアーヴ語への遷移傾向における傾向から類推したものである。

「の」はどこへ行ったの

Gaf(e)tnochec の語形成を考える上での最大の問題は、「ヤマタノオロチ」の格助詞「の」と対応する子音が Gaf(e)tnochec に見いだされないことにある。

もっとも有力な説は、Gaf(e)tnochec の形成において「の」は無視されており、そのことをもってこの語が直接に祖語に由来しないとする説である。が五つであることからも補強される。「の」に対応する子音は、Gaf(e)tnochec を構成する五つの子音、/g/,/f/,/t/,/n/,/ch/ のどこにもない。/n/ は直接には「をろち」の「ろ」/ro/に対応する子音である。

なお原アーヴ語、いわゆる「母都市の言語」において、「をろち」の「を」は [wo]でなく[o]の音価を取っていた可能性が高い。「をろち」が [worochi] と発音されていたとするとそのアーヴ語形は *f(o)nochec となり、nochec とはならなかったであろう。むしろ現行の nochec は jp. orochi が原アーヴ語初期の大規模な母音融合現象により *rochi となったのち、r から n への子音遷移および助詞「は」と名詞語尾音節の統合が起こった結果もたらされたものであると考えられる。複合語説においては、nochec が直接に Gaf(e)tnochec の語要素となった、と考えられる。

なお本稿では「古語からの合成」というアーヴ語学で一般的な見解を踏襲し、上記の事実にかかわらず、その表記にはいわゆる歴史的かなづかいを用いる方針であり、「を」を「お」と書くことはしない。

この見方を支える傍証としては、原アーヴ語における連濁規則とそのアーヴ語での保存があげられる。連濁とは、複合語において、語要素先頭の無声子音が前に母音を取るとき有声化する現象である。祖語の複合語がアーヴ語化する場合、この有声音はそのまま保存される傾向にある。たとえば

したがって、祖語の複合語がアーヴ語化する際には、その語要素から再構成が行われるのではなく、むしろ複合語であることを意識せずに語全体が音韻変化を被ることが多いと考えられる。ここから、Gaf(e)tnochec においても、直接祖語に由来するならば、なんらかの形で「の」を含む全子音が保存されたはずであると考えられる。複合語説においては、そうではない Gaf(e)tnochec がアーヴ語に入ったのは比較的遅く、アーヴ語と起源を共有しない言語資料から、伝承の最初の収録が行われたのち、アーヴ語での複合語 Gaf(e)tnochec が形成されたと想定される。

もうひとつの可能性

これに対して、現在の語形の前に *Gaf(e)tnnochec という語形を仮定する説も一定の支持者を集めている。この場合「の」は本来保存されていたがのちに脱落し、さらにこの脱落は再初期に起ったため、綴字に反映されないと仮定される。この説によればヤマタノオロチ伝承はかなり早い時期にアーヴに知られていたことになるが、アース字母の制定と、母都市襲撃およびそれに伴う伝承収集開始の先後関係が不明であることが、この説の評価を困難にしている。

以上のように、Gaf(e)tnochec の語形成には議論があり、本辞書ではこの論争にあえて立ちいることをせず、しかし読者の便宜をはかるためにその語義および語の由来する古語「ヤマタノオロチ」を示すにとどめた。この覚書が読者諸賢のアーヴ語学への関心をさらに促すことができれば幸いである。

なお、複合語における祖語の格助詞「の」は、つねに無視されるわけではない。一例として「アメノホヒ」と Barcoec の関係を挙げることができる。なおこの場合も、Barcoec の /r/ 音は直接祖語からもたらされたものであるというより、「アメ+ノ」→ Abh gen. (= Bar) という意識的な語形成によるものと考えられる。アーヴ語において、祖語/A/ 音以外の母音から遷移してアーヴ語の /a/ 音が与えられる例はいまのところ観察されていない。

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Most recent update: 2/03/2001
First publification: 12/28/2000
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