現在判明しているかぎりの情報から、アーヴ語の音節の特徴について推論したものです。本論でいう音節は音韻論からみた発音上の音節であり、綴字上の音節は考慮の対象としていません。不確かな情報は出来るかぎり排除しましたが、内容は無保証です。また内容は予告なしに変更されることがあります。
音節は、一般に、母音を中核として前後にゼロ個以上の子音を結集して形成される。現在知られている限りにおいて、アーヴ語においては、すべての音節はたかだか1個の、かつ少なくとも1個の母音を含む。
本稿では母音を V、子音を C の略号をもって示す。これと区別するため、標準アーヴ語で c[k]として現れる音素を便宜上 /k/ として表す。また半母音は音声としては子音の一種であるが、アーヴ語においては母音とは音声環境に基づく変異のみを有し、音韻論的には母音の変異音として扱うべきとする意見もある。本稿では半母音を子音として扱うが、その位置付けにはいまだ検討を要する。
母音間に子音が1個しかないとき、その子音から音節を始める(例: ci-gamh)。
/oe/ 以外の母音はみな語頭に立つことができる。半母音はみな語頭に立つことができる。
語頭の単子音として /k/,/ch/,/s/,/t/,/n/,/l/,/h/,/p/,/f/,/m/,/r/,/g/,/gh/,/d/,/dh/,/b/,/bh/ が知られる。/th/,/rh/ が語頭に立つかどうかは明らかでない。
音節の先頭に立ちうる子音群として、次のものが知られる。
またこの他に子音と半母音の結合形も見られる。
一部の語については、これら子音群の前に音節の切れ目が来ることはほぼ確定的である(例: spu-fla-sath)。ただし、語中で、この子音群の前につねに音節の切れ目が来るかどうかはさだかではない(例: *raicléc, reucragh)。
これ以外の結合は、原則として、可能なかぎりその間に切れ目が入る(例: ram-go-coth)。ただし/l/,/h/および一部の摩擦音/s,z,f/は連続するとき融合し、単子音として調音される(例: pai-rriac)。また音節末には決して語頭に立たないと予想される子音群が現れる(例: dozmle)。
また複合語においては、語成分(接頭辞・語幹・接尾辞)などの意味単位をまとめて発音しようとする傾向が働く。これに綴り字の影響も加わるため、音節の切り方は一様ではないと考えられる。とくにふたつの語成分の切れ目で音声の融合が起きる場合の音節の切れ目については(例: brubhoth)、今後の研究が待たれる。
『私家版アーヴ語辞書』ver 1.20 所収の単語396語(造語要素を除く)からは、その祖語と異なり、アーヴ語では閉音節の比率が高いと推測される。
そのうち単音節語についての調査では、閉音節語がその84.4%を占め、特に /CVC/(66.6%)の比率が高い。これは、一般に祖語の語末母音を脱落させ、一方で語末子音を保存するアーヴ語の傾向を反映したものと考えられる。収録語全体に対して、その語末音節の開閉を見ると、開音節で終わる語94語(23.7%)に対して、閉音節で終わる語は288語(72.7%)に上る。
しかしアーヴ語では、母音で始まる後置詞および一部の独立語が、直前の単語と連結して発音される。そのために文の発話上の音節の切れ目は語の切れ目と必ずしも一致せず、実際の発話ではやや開音節構造に向かう傾向を示す。
開音節化傾向の原因は多岐にわたるが、共時的な理由として、主格または直説相不定法では閉音節である語も、活用の仕方によっては開音節化することが挙げられる。子音幹名詞の与格および向格はそれぞれ -CV で終わる特徴を持ち、また動詞の屈折形においてもいくつか母音終止するものがみられる。とくに、従属文を作るため出現頻度の高い分詞相においては、四つの屈折語尾のうち三つが母音終止する。このため、先の発音における連結とともに、実際の発話における開音節の出現頻度は、辞書見出し語における開音節語の出現頻度より高くなることが予想される。
ではここで、実際の文章からアーヴ語の音節構成の特徴を見ていくことにしよう。文例として『帝国国歌』を用いる。まず第一節を取りあげてみる。ただし音節の区切り方は暫定的なものである。
F'a rume catmé gereulacr,
Ullote izomél,
Lanote dige césati,
Lüamse nahainlace.
F'a Bale scuréle Frybarer.
一行目 F'a は Fe a の短縮形である。代名詞主格語尾の -e はその直後に母音が続くとき、脱落し、直前の子音と後続母音が続けて調音される。このとき半母音ではこの現象が起きないため、音韻論的にも半母音を母音とみなさない説がある。
また一般に語尾の e は調音されず、-e 幹名詞の生格では格語尾 -r によって /e/音が広げられ /e/→/a/の変化が起きるため、上記引用部分は実際には次のように調音される。
/fa rum kat-mé ge-reu:-lak/
/u-lo:t i-zo:-mel/
/la-no:t dig ké-sa:-ti/
/lüams* na-hain-lak/
/fa ba:l scu-rél fry:-ba-rar/
* 半母音を母音とみなす立場を取るならば、lü-ams
単語単位で見る限り、開音節語は15単語中 F'a (二回出現)および césati の3回現れる(20.0%)。アーヴ語の語彙に占める開音節語の比率から考えると、これは決して少ない出現回数とはいえない。いっぽう、音節単位で見るとき、開音節の比率は 55.1%に上昇する。各音節型について重複を含めたその出現数は次のとおりである。
音節型 出現頻度 % V 2 6.8 CV 12 41.3 CCV 2 6.8 CVC 12 41.3 CCVCC 1 3.4
では、テキスト全体ではどうなるだろうか。まず単語単位でみれば(リエゾンを考慮する)、71語からなるこのテキスト中、開音節語は 23語、閉音節語は 44語、半母音で終わる語は 4語である。半母音を母音として扱う場合でも、やはり閉音節語が優位を占めるのが分かる。ところで音節構造に注目すると、事情は異なってくる。ここでもっとも頻度が多いのは、CV 型であるからだ。このため、開音節の比率はやはりここでも 50% を越える(52.3%)。半母音を含む音節を除く、各音節型の詳細な出現数は次の通りである。
音節型 出現頻度 % V 3 2.8 CV 49 45.0 CCV 5 4.6 VC 1 0.9 CVC 47 43.1 CCVC 4 3.7
ここから、次のことが指摘できる。
アーヴ語における開音節と閉音節の出現頻度に有意な差が認められないということは、先にあげた活用による開音節構造化とともに、語中においては、比較的祖語の CV を中心とする音節構造が保存されやすく、語末ほど大規模な閉音節化が進行していないことを示唆する。また音節先頭にただひとつの子音をもつ音節型が全体の八割以上を占めるということは、祖語の音節構造が音節末より音節先頭でより保たれやすいことを示唆する。
ただし、このサンプルにはあらわれないものの、アーヴ語には語末に子音の連続を持つ音節型が存在することを指摘しておく(lamh の具格 lamle[laml])。その点からみても、上記調査だけからアーヴ語の音節構造について確言することは早計に過ぎよう。今後の調査と研究が待たれる。
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本ドキュメントは森岡浩之著『星界の紋章』『星界の戦旗』および関連著作物に基づいてアーヴ語を分析・再構成したものです。
このペイジ中のアーヴ語に関する音韻・文法・語法についての情報は、すでに作者森岡氏によって公にされた一部のものを除き、編者 Sidryac Borgh=Racair Mauch の独断と偏見によるものであり、森岡浩之氏の一切関知するところではありません。御留意ください。
Recent update: 5/25/2001