現在、各地上世界でもっとも通行している『帝国国歌』のテキストは、ピア・ハウツィ氏の校訂になるものであるが、不幸にもデルクトゥーで発表された最初の底本にはいくつかの誤記が認められる。ただしそれらはいずれも軽微なものであって、アーヴ語を知るものなら誰でもその誤りに気がつくであろう。
しかし近年発見されたテキストは、古来より繰り返されてきた「第十四行論争」に新たな光を当てることとなった。
「第十四行論争」とは、『帝国国歌』第十四行 "F'a Bale, carsarh gereulacr." のうち、主格形で出る carsarh をめぐる論争である。規範文法においては意味上 Bale と同格であるこの語は具格 carsare を取るはずである。しかし、この箇所はつねに先に示した形で表われる。これについて、いままでに
などの説が出された。
最後の説は、この箇所を説明するために、古アーヴ語においては「同じ格が連続するとき、後者は主格をとる場合がある。その場合、後者は前者の言い換えである」とする説である。その補強として相当数の例文が古い文献から指摘された。しかし、そのような例文の発話者のほとんどが生来のアーヴではないことが、この説を支持することを困難にしており、これにならって文法を書きかえることを主張するような熱狂的な支持者を持ちながら、長く無視されてきた一因でもある。
今回発見された記憶片は、リネー伯国ダクフォーの一領民の家に伝わるもので、他にもさまざまな星系国家の国歌を記録していたものであった。編集年代はいまだ特定されていないものの、記憶片に刻印された記憶片製造会社の紋章から、記憶片は帝国歴5年に製造されたことが判明している。帝国創建からまだまもない頃の資料と考えられ、『帝国国歌』のテキストとしては、現在知られるもっとも古いテキストである可能性を持つ。
この記録片に収録された『帝国国歌』のテキストは、現在通行しているものとは異なり、carsarh を具格 carsare で表す。ここには文法的な困難はなく、詩的逸脱説論者が強調する自然な読みがとうぜんに保証される。このような修正を施したときの表現の質朴さは他の箇所ともよく調和し、詩的逸脱説の困難のひとつである、テキスト全体の定型性志向との矛盾も解消される。
発見されたテキストの真贋等まだ解決すべき問題は多いが、carsare 誤伝説がいま現在もっとも有望な説であるといえる。
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