星界よもやま話: 八王子のこと

といっても私がかつて学部の頃籍を置いていた大学のことではなくて、記紀神話に出てくる「八王子」のことである。

高天原の誓い

スサノオが姉アマテラスを訪ねてきたときに、アマテラスが弟スサノオが邪心を抱いて高天原に来たものと疑い、スサノオが潔白を証明するために「うけひ」をする。そのとき生まれた神々を八王子という。

「うけひ(誓い)」は宗教学でいう神判にあたる。「将来あることが現われることを期待して、それが現れれば神の意思の表われと認めるということにして、他人と取り決めて宣言する」(金田一他: 1972)のがうけひであり、失敗した場合はなにかやましいことがあるため神の加護が得られなかった、と解釈される。沸騰した湯に手を入れて裁判を行う「くがたち」も「うけひ」の一種である。

この高天原の誓いでは、スサノオの勾玉(まがたま)をアマテラスが噛んで吹きすてた息から三人の女神、アマテラスの剣をスサノオが噛んで吹きすてた息から五人の男神が生まれる。ここで「勾玉はともかく、どうやって銅剣(まだ鉄器は知らないよなあ…)を噛みくだくんだ?」などと野暮なことを聞いてはいけない。神話なんだから。ちなみにこの勾玉の正式名称は 「八坂の勾玉の五百箇(いおつ)の御統(みすまる)の玉」 である(長い)。

八王子

ともかく、三人と五人で八人である。女神はスサノオの娘、男神はアマテラスの息子として扱われる。名は以下の通り。

ちなみに、男神のうち最初に生まれた神(ひとりだけ長いのですぐ分かるだろう)が、天皇家の先祖だということになっている。

さて、ここで「ヒメ」とか「ミコト」とか、誰かの先祖にされたからというのでごっちゃり付けられたその他の尊称とか、余計なものを取って単純化してみる。すると次のようになる。

これを日本語からアーヴ語への基本的な遷移規則に当てはめてみる。

ここから、一部の音節を取り、さらに遷移規則に矛盾しない修正を加えると、次の一連の名詞を得ることができる。

『星界の紋章』中、これらは帝都ラクファカールの八つの門の名であり、同時にその門を介して帝都と交通する八王国の名であり、王国を封土とする各王家の名であり、つまりは「アブリアル」の一門を形成する人々の集まりでもある(この対応に関しては Micraff Borge=Cnazar Ïuth 様から重要な示唆をいただきました。ここに記して感謝にかえさせていただきます)。


神話的表象と『星界の紋章』

都市船アブリアルがラクファカールにおいて蔵しきたった八つの門を開くという帝国の創設譚は、古来よりそれ自体神話的象徴として用いられてきた八のイメージとともに、神話的な響きをもっている。作中数行で語られるこの短い挿話がたんなる図式に終わらない理由のひとつは、この短い挿話の背後に、高天原の河原で、連なった勾玉を噛みくだき吹きすてる息から神々が生まれてくるという、神話的な象徴を根源としていることに求められよう。

神話は物語のたんなる枠構造を与えるものではない。既知の物語の構造に新奇な装いを与えた登場人物を付けたしたものは、新しい物語としてではなく、むしろたんなる「焼き直し」としてのみ受けとられる。さまざまな挿話に連関を与え、その強固な後景として作用する限りにおいて、神話はその深い生命を表わすことができる。

このような神話との連関において、森岡浩之は、神話的構造をその作品構造の根底に置いてきた二十世紀の作家たち、すなわちT.S.エリオットやジョイス、あるいはより我々に近い作家、エンデやエコと同じ系譜に属している。

『星界の紋章』において復権しているのはたんにSFという一ジャンルなのではない。ここで再び生命を与えられているのは、神話的構造、物語という形式そのものなのである。

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Most recent update: 5/31/2001
First publification: 6/30/2000
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